日本をはじめ世界中で愛されている「ムーミン」を生み出したトーベ・ヤンソンの半生を描いた映画『TOVE/トーベ』が10月1日(金)から公開されました。第二次世界大戦下のフィンランドで不思議な「ムーミントロール」の物語を描き始めたヤンソン。著名な彫刻家の父との軋轢や、舞台演出家のヴィヴィカ・バンドラーとの激しい恋を描いています。
近著『ニッポンのおじさん』(KADOKAWA)や『往復書簡 限界から始まる』(幻冬舎)も話題の作家の鈴木涼美(すずき・すずみ)さんに寄稿いただきました。
「私は芸術家よ」いちいち訂正していたトーベ・ヤンソン
「優秀な風刺画家だ」という紹介は、”芸術家”の彼女には不本意なものだった。彼女はすかさず「芸術家よ」と訂正する。生きていくために描いている風刺画やイラスト、子供向けの新聞漫画を褒められるとザラッとした居心地の悪さを感じる。たとえそれが、自分が情熱を傾ける魅力的な相手からの絶賛の言葉であったとしても。
日本でも長く愛されているムーミンの作者トーベ・ヤンソンの半生を描いた映画「TOVE/トーベ」は、ムーミンの物語を大々的に世に送り出す直前の彼女の葛藤に一つの焦点が当てられている。第二次世界大戦が終わり、戦火でボロボロになったアトリエを手に入れてからの、彼女の芸術家としての活動はそれほど悲惨で退屈には見えない。生活のためのイラストや漫画の仕事には恵まれるし、油絵などの制作にも精力的に取り組む。リベラル紙の記者である恋人と、いつかモロッコに芸術家のための拠点をつくる夢などを語り合う。市長の妻で演出家でもあるヴィヴィカと肉体的にも精神的にも激しく惹かれ合う。
他者から見ればそれなりに充実したアーティストの日常はしかし、彼女にとって大変満足のいくものというわけではなかったらしく、彼女はどこか不安や不満を抱えた顔をしている。他人の些細な言葉尻が引っかかったり、愛するヴィヴィカに絵画よりも漫画を褒められて急に不機嫌になったりする様子は、微かな息苦しさを感じさせる。経済的な理由から絵画制作だけに打ち込むことができないことに、自分で本業と呼びたい活動と自分の肩書きがずれていくことに、保守的な芸術界で自分が正当に評価されていないことに、高名な彫刻家である父に認められないことに、社会では未だ同性愛が受け入れられないことに、情熱をぶつけ合ったはずの恋人が他の人とも関係を結んでいることに、焦りと違和感を募らせているのだ。
人が“生きづらさ”を募らせるとき
「生きづらい」という言葉を巷(ちまた)で目にすることは多く、近年では特に女性たちの口から漏れ出ているように見える。生きづらいとはどういった事態かと考えれば、自分がこうありたいと考える形で世界に存在することができていないことではないだろうか。自分が想定する理想の自分と、周囲が認識する自分のイメージがずれていたり、さまざまな事情によって本来自分がやるべきだと思うことと、やらなくてはいけないことがずれていたりするときに、人は生きづらさを募らせる。トーベもまた、生きづらい女性の一人だった。斬新な発想と制作意欲や才能を持ち合わせながら、それを自分の生きている世界となかなかうまく接続できないのだ。
社会人である以上、多くの人は理想と現実の間に折り合いをつけながら、生活を成立させ、自尊心を守り、欲望を充足させ、世間に認められようと努める。人間は器用であるから、その折り合いは実に多様だ。お金のかからない片田舎に居を構えて好きなグラフィティ・アートに打ち込む知り合いもいれば、経理の仕事をしながら素晴らしい詩集を編んだ友人もいる。収入が安定した素敵なパートナーを見つけてようやくやりたかった写真の勉強を始めたかつての級友もいたし、新聞社なんて結構忙しい職場でも仕事はある程度割り切ってやって音楽を続けている上司もいた。その折り合いは他者から批判されるべきものではなく、お金を稼ぐ手段が生きがいである必要は別にないし、最も長く時間を費やすことを自分の本業と呼ぶ必要すらない。
折り合いをつけ、人の言葉尻に不快になったりせず、誇りを失わずに生きられる人の第一の条件は、自分が何をしたいのかについて自分なりの分析と答えを持っていることだろう。それがあって初めてオリジナルの優先順位が付けられるし、その優先事項を守るための日常の形を模索することができる。逆に言えば、漠然とした欲望や理想があっても、自分が何をしたいのかについて十分な分析ができておらず、自分的な優先順位が定まらないと、取り急ぎつけている折り合いは不安定で、人の言葉ですぐに揺らいだり、人が自分を呼ぶ名前にキレたりする。
耳が痛いスナフキンの囁き
トーベは映画の中で、自分が何をしたいのか全くわからないモラトリアムな存在としては描かれていないが、それでも自分の情熱と才能を最終的にどこに目いっぱい注げばいいのかについて、やや不安定な意識でいる。だからこそ、自分が成功しているとは言い難い絵画制作を本業と呼ぶことにこだわり、不倫とレズビアン関係の間で揺れ、イラストや漫画の依頼にはあまり即答しない。ヴィヴィカにムーミンの芝居を提案された時も逃げ腰だった。そこには、保守的な芸術界で実績のある父との軋轢も関係しているし、彼女のアーティストとしての意欲と才能が新聞のイラストなんかでは収まらないものであることも関係しているが、結果的に自分の自由を自分のその段階でのプライドが制限していることになる。
その姿は、私の個人的な経験を想起させるが故に、見ていて時折妙に気恥ずかしくなるものだった。私はかつて、とにかく折り合いのつけどころが下手な若者だったし、今でも自分のしたいこととするべきことがはっきりしているとは言い難い。そもそも38年も生きていて、はっきり自信を持って本業だと言えるものを持ったことがない。水商売も家庭教師もポルノ女優も、学生時代のアルバイトではあったけど、本業が学生だと言えるほど学業に打ち込んでいた時期はとても少ないし、今の自分が説明されるときには学歴よりもバイト経験を指摘されることが多い。それは新聞社に入社した後も似たようなもので、修論の続きを片手間で書きながら、そして時々「古巣」のクラブのシフトに入りながら、生活と信用のために会社員を続けた。
フリーランスになって、している仕事と収入源自体は文章書きのみになっても、やっと自分の居場所があるなんて落ち着いたことは特にない。あまりにいろいろな名前で呼ばれるので、肩書きにストレスを感じること自体をやめてしまって、いつでもなされるがままにしてしまうけど、人に認識される自分の姿と、生活のための日常とに押し挟まれる中で、本業ってなんだっけ、とよく思う。映画のチラシにあるスナフキンの言葉「大切なのは、自分のしたいことがなにかを、わかっているってことだよ。」はだから、私にとっては一番苦手な、できれば向き合いたくない、耳の痛い囁(ささや)きでもある。
ムーミンに込められた“人間らしい”足掻き
自分と世界の接続部のごわつきに悩み、自己認識とイメージのずれを感じていたトーベはやがて、世界に長く愛されるムーミンの物語を本格的に発表していく。それは、世間がなんと言おうとやりたいことだけを突き詰めた、という単純な美談ではない。ムーミンはむしろ、当初の彼女が本業と呼ぶのを嫌がっていた、本業の間の走り描きと呼ぶことに拘っていたところから生まれていくのだ。そこには、自由や芸術を大切にしながらも、社会の声や身近な人との関係の中で、自分の才能や情熱の置きどころを見つけていく、とても人間らしい足掻きがあった。
ムーミンが、その可愛いキャラクターだけでなく、紡がれる言葉や立ち上がらせる世界観が長く愛され、また子供だけでなく、大人たちも強く惹きつけられる作品になったのは、トーベ・ヤンソンというアーティストのそういう人間らしい経験があった上で生み出されたものだからなのだと思う。世間から全く切り離され、浮世離れした芸術家も魅力的だけど、世界と自分の接続に苦心した足掻きを描いた映画を観終わって、久しぶりにムーミンの物語の世界に触れてみたくなった。
(鈴木涼美)